大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和36年(う)132号 判決

被告人 青木良雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

論旨はまず、被告人は前方注視義務を怠つたことはないのに原判決が被告人がこれを怠つたとし、又被告人は運転に影響するほど酒に酔つていなかつたのに、本件を重過失とし刑法第二一一条後段を適用したのは、事実の認定及び法令の適用を誤つたものであるというのであるが、原判決挙示の証拠によると、原判示のとおり、被告人は約一時間前に飲んだジンフイーズの酔いがでて、前方注視に困難を感じたのに、判示場所において無謀にも前方注視義務を怠つて判示自動車を判示高速度で運転したため、判示安全地帯に気付かず、約一一メートルに迫つて初めてこれに気付き、衝突を避けようとしてあわててハンドルを左に切つたことにより判示三名致死、一名致傷の事故を発生させたことが認められ、記録を調べても所論のように被告人が右安全地帯に気付かなかつたのは、対向車のヘツドライトの光線に妨げられたためであるとは認められない。本件過失は原判示のとおり被告人が前方注視義務を怠つたことにあることは以上によつて明らかである。そして刑法第二一一条後段にいわゆる重大なる過失とは、注意義務をいちじるしく怠ることと解すべきことは、所論のとおりであるが、自動車の運転は、事故の発生の危険が大であり、人の生命身体等に危害を及ぼす虞が多分にあるから、事故の発生を防止するため運転者は常に前方を注視すべき義務があること、そしてこの義務は厳に守らなければならないことは、一般に容易に理解しうることであり、かゝる自明の義務を怠るときは、すなわち注意義務をいちじるしく怠つた場合に該当し、重大な過失となるというべきであつて、この理は、右義務を怠ることが酒に酔つたためと否とにかゝわりなく、酒に酔つたことによるときは、たゞ重過失の程度がより大であり情状が重いといえるに過ぎない。原判決の示すところも以上の趣旨と解され、その認定及び法令の適用は正当であり、この点に関する論旨は採用の限りではない。次に論旨は原審の刑は不当に重いというが、記録によると、被告人は自動車運転者試験を一度も受けたことがなくその準備中であつて、父や兄からは無免許運転を止めるよう、とくに夜間や街路での運転をしないように注意を受けていたのに度々無免許運転をし、判示夜間も判示街路で、しかも酒の酔いにより前方注視が困難であるのに、判示高速度で運転をあえてしたことが認められ、その過失の内容、程度、結果の重大性、その他記録に現われた諸般の事情を考えると、原審の刑はまことに相当と認められ、所論の事情を考慮に入れても重すぎるとはいえない。

以上いずれの点についても本件控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三九六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 松村寿伝夫 小川武夫 柳田俊雄)

(参考)原判決主文および理由中(罪となるべき事実)

主文

被告人を禁錮壱年に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、法令に定められた運転の資格を持たないで、昭和三十五年一月十八日午前一時過頃、京都市東山区大和大路四条上るグリル「オランダ」附近道路上から同区祇園石段下交叉点附近道路上に至る間、小型四輪貨物自動車(京四す六九三七号)を運転して無謀な操縦をし、

第二、前記日時頃、右自動車にバー瑠美のマダム松井かね(当時四十八年)及び同店の女給藤原照子(当時二十九年)松井敦子(当時二十四年)松井真理(当時二十四年)外一名を乗せてこれを運転し、同区内東大路通を北に進行中、約一時間前に右バー瑠美で飲んだジンフイズの酔が出て、前方の注視などが困難になつたのを感じたので、このような場合、自動車運転者としては、直ちに運転を中止するか、若しくは安全運転ができる程度に減速した上前方を十分注視するなどの措置をとり、事故の発生を未然を防止すべき注意義務があるのに拘らず、依然時速約五十粁で運転を続け、且つ前方を十分注視しなかつた重大な過失により、同区祇園石段下交叉点にさしかかつた際、同交叉点南西側にある北行電車安全地帯を目前約十一米の地点に近かづいて発見し、これとの衝突を避けようとして慌ててハンドルを左に切つたため右自動車を西側歩道上に乗り上げて横転滑走させた結果同自動車のガソリンが車体に流出して発火し、右自動車を炎上させて、因つて同乗者のうち、前記松井かね、藤原照子、松井敦子の三名を焼死させ、松井真理に対し治療五ヶ月余を要する顔面、両手及び右足の火傷を負わせ

たものである。

(以下略)

(昭和三十五年十一月十日京都地方裁判所)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例